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鹿児島地方裁判所 昭和34年(わ)322号 判決 1961年1月11日

被告人 肥後政秀 外五名

主文

被告人肥後政秀を懲役六月及び罰金五〇、〇〇〇円に処する。

被告人吉田英昭を判示第二の罪につき懲役二月及び罰金三〇、〇〇〇円に、判示第五及び第七の各罪につき懲役六月及び罰金五〇、〇〇〇円にそれぞれ処する。

被告人日高直義を懲役三月に処する。

被告人木佐貫信夫を懲役四月及び罰金三〇、〇〇〇円に処する。

被告人亀浜盛雄を懲役四月及び罰金二〇、〇〇〇円に処する。

被告人高橋忠光を懲役六月及び罰金五〇、〇〇〇円に処する。

被告人肥後政秀に対し、この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人吉田英昭に対し、この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人日高直義に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人木佐貫信夫に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人亀浜盛雄に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人高橋忠光に対し、この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人肥後政秀、同吉田英昭、同木佐貫信夫、同亀浜盛雄、同高橋忠光を右各猶予期間中各保護観察に付する。

被告人肥後政秀、同吉田英昭、同木佐貫信夫、同亀浜盛雄、同高橋忠光において右各罰金を完納することができないときは、各金五〇〇円を一日に換算した期間各被告人を労役場に留置する。

(没収、追徴および訴訟費用負担の裁判省略)

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人肥後政秀は、

(一)  (略)

(二)  (略)

(三)  同日頃、(編注。昭和三四年二月一日頃)同所で金城某外一名から二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー一、四五八本、半ポンド罐入りハーシイココア四罐、一箱一〇〇枚入り米国製チユウインガム七箱、半ポンド罐入り米国製MJBコーヒー二罐、半ポンド罐入りセイロン製リプトン紅茶二五罐、英国製安全かみそり刃一、七〇〇枚が不正の行為により関税を免かれて輸入された貨物であることの情を知りながら、これらの物の売却方のあつせんの依頼を受けて受け取り、翌二日頃までこれを保管し、

(四)  同月一日及び翌二日の両日にわたり同所で右沖繩丸船員下地寛照から、二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー八〇本が不正の行為により関税を免かれて輸入された貨物であることの情を知りながら、これらの物の売却方のあつせんの依頼を受けて受け取りこれを保管し、

第二、被告人吉田英昭は、(略)

第三、被告人日高直義は、(略)

第四、被告人木佐貫信夫は、

(一)  昭和三四年七月下旬頃、鹿児島市住吉町の鹿児島港G岸壁附近の保税地域内で沖繩、鹿児島間航行の定期汽船那覇丸及び沖繩丸の船客約九名から数回にわたり関税未納入の二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー合計八〇本を代金二二、四〇〇円で買い受け、右保税地域内の赤帽詰所に置いていたが、その頃これを一括携帯して右保税地域から本邦に引き取るに際し、所轄税関である長崎税関鹿児島税関支署に輸入申告をせず、不正の行為により右貨物に対する関税三、三〇〇円を免かれ、

(二)  同年八月中旬頃、右G岸壁附近の保税地域内で前記沖繩丸及び那覇丸の船客約一〇名から約一〇回にわたり関税未納入の二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー合計一〇〇本を代金二八、〇〇〇円で買い受け、前記赤帽詰所に置いていたが、その頃これを一括携帯して右保税地域から本邦に引き取るに際し、前記鹿児島税関支署に輸入申告をせず、不正の行為により右貨物に対する関税四、一二五円を免かれ、

(三)  同月中旬頃、鹿児島港に入港中の前記那覇丸で同船船員岡世某から関税未納入の二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー一本を貰い受け、これを携帯して前記保税地域から本邦に引き取るに際し、前記鹿児島税関支署に輸入申告をせず、不正の行為により右貨物に対する関税二五円(国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律第五条によりネスコーヒー一瓶の原価一六五円の一〇〇円未満を切り捨て、一〇〇円に二五パーセントを乗じた額)を免かれ、

(四)  同月二七日頃、前記赤帽詰所で前記那覇丸の船客某から関税未納入の二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー八本及び一箱一〇〇枚入り米国製チユウインガム一箱を合計二、六〇〇円で買い受け、同年九月一日同所で前記沖繩丸の船客三名から右と同様のコーヒー二〇本及び右と同様のチユウインガム五箱を六、八〇〇円で買い受け、同日同所で右と同一船客から右と同様のコーヒー一七九本及び右と同様のチユウインガム六四箱の売却方の依頼を受けてこれを受け取り、これらの貨物を一括して右詰所に置いていたが、同日これ(証第一号ないし第三号、第五号、第六号、第八号ないし第一〇号、第一二号、第一三号)を携帯して前記保税地域から本邦に引き取るに際し、前記鹿児島税関支署に輸入申告をせず、不正の行為により右貨物に対する関税合計一四、〇六五円を免かれ、

第五、被告人吉田英昭は、(略)

第六、被告人亀浜盛雄は、

(一)  昭和三四年一月一三日頃から同年八月一二日頃までの間、鹿児島市築町一番地の食料品商英静長方で前後約二二回にわたり犯意を継続して沖繩丸船員渡名喜勇から、二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー一三四本、半ポンド罐入り米国製ハーシイココア四四罐、一箱一〇〇枚入り米国製チユウインガム三五箱、半ポンド罐入りセイロン製リプトン紅茶四二罐が不正の行為により関税を免かれて輸入された貨物であることの情を知りながら、コーヒーは、一瓶約三〇〇円、ココアは、一罐二五〇円、チユウインガムは、一箱四二〇円、紅茶は一罐五五〇円でこれを買い受けて取得し、

(二)  同年初頃、右長静方で前後二回にわたり犯意を継続して、氏名不詳の船員某から、一箱一〇〇枚入り米国製チユウインガム一〇箱が不正の行為により関税を免かれて輸入された貨物であることの情を知りながら、一箱四二〇円でこれを買い受けて取得し、

第七、被告人吉田英昭は、(略)

第八、被告人高橋忠光は、

(一)  (略)

(二)  同月(編注・昭和三四年九月)一四日頃、同市築町一番地の被告人肥後政秀方で大島運輸株式会社所属貨物船第十一太洋丸(船籍名瀬)の船員川田金盛から半ポンド罐入りセイロン製リプトン紅茶五罐(証第一五号)、半ポンド罐入り米国製ハーシイココア四罐(証第一六号)、六オンス瓶入り米国製ネスコーヒー三本(証第一七号)、一箱一〇〇枚入り米国製チユウインガム一一箱(証第一八号)が不正の行為により関税を免かれて輸入された貨物であることの情を知りながら、これを代金合計一一、一〇〇円で買い受けて取得し、

第九、被告人肥後政秀は、(略)

たものである。

(証拠の標目)(略)

(本位的訴因に対する判断)(略)

(被告人等の主張に対する判断)

被告人木佐貫信夫は、判示第四の各犯行中、前記鹿児島税関支署の旅具検査済を証するスタンプの押捺された貨物については、関税を納入しないでこれを保税地域から本邦に搬入しても違法ではないと信じていたと主張し、被告人亀浜盛雄は、判示第六の犯行中、昭和三四年四月頃までに右スタンプの押捺された貨物を有償取得した点につき、被告人高橋忠光は、判示第八(二)の犯行中右スタンプの押捺された貨物を有償取得した点につき、いずれも違法ではないと信じていたと主張し、被告人肥後政秀は、判示第一(三)及び(四)の右スタンプの押捺された貨物を保管することは、違法ではないと信じていたと主張し、それぞれ右各所為は、罪とならないと主張するので考えてみよう。

そもそも、右各主張にかかる前記スタンプの押捺された外国からの輸入貨物は、関税定率法第一四条によつて船員及び船客のいわゆる携帯品として税関から関税の免除を受けて携帯することを許可されたもので(但し、第一二回公判調書中証人稲里玄治の証言記載によれば、船客に対する右許可については、前記鹿児島税関支署は、当該貨物に殆んど前記スタンプを押捺していなかつたことが認められる。)これは、許可を受けた当該船員及び船客がこれをその個人的な使用に供する場合に限つて認められるところであるが、保税地域内で他人に譲渡したときは、その有償無償を問わず、これを本邦に引き取る譲受人としては、有税品として関税を納入すべき義務を負い、又保税地域外で前記スタンプがあるにすぎない貨物で、不正の行為により関税を納入することを免かれたものを関税法第一一二条にいう運搬等した者は、同法条違反となるものである。ところが、右被告人等は、この理を知らず前記スタンプの押捺された貨物は既に免税されているものであるから、被告人木佐貫信夫においてこれを保税地域から関税を納入しないで本邦に引き取り、その余の右被告人等において保税地域外でこれを運搬等しても違法ではないと信じていたので、結局違法性の認識を欠くことになつて、罪とならないというのである。

右各主張は、我が国の伝統的判例の立場からすれば、単なる犯意の否認にすぎないと解されるから、刑事訴訟法第三三五条第二項の法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の減免の理由となる事実の主張に当らないというべきで、この立場からすれば右各主張については、罪となるべき事実の判示において、既に不採用の判断をしているわけである。しかし、いわゆる責任説(BGH. Groß錯誤Verbotsirrtumに関する多数の確立された判例参照。)の立場からするならば、右被告人等の各主張は、同人等がその主張にかかる前記各所為を行うに際し、その各所為が法律上許されたものであると信じていたから禁止の錯誤があつたもので、右各所為は、関税法所定の構成要件に該当する違法な行為ではあるが、責任を阻却し、結局犯罪の成立要件を欠いて罪とならないとの主張に当ることになる。当裁判所は、犯意と違法性の認識について、次のような見解をとるので、これを略述し、右主張について判断する。

犯意とは、構成要件に該当する事実を認識予見してこれを実現しようとする意思で、その認識対象は、目的犯における目的を有している事実、常習犯における常習性等のような主観的及び行為者的構成要件要素を除いた客観的に構成要件に該当する事実であれば足り、法律的に色づけられた事実であることを要しないと解する。その所為が法的に許されないかどうかという違法性の認識は、非難可能性の一要素として責任性の問題であつて、犯意の内包ではない。刑法第三八条第三項を、違法性の不認識は故意の成立を否定しない趣旨の規定であるとする見解は、本来同条第一項に規定する犯意の要素に違法性の認識を加えて理解しながら、同条第三項によつて違法性の認識が犯意の要素たる地位を奪われると解しているようにも考えられるのであるが、これは、無用の迂路をたどつた解釈であるし、同項にいう法律を形式的な法律の規定と解し、違法性の認識は、犯意の要素であるとする見解は、犯意には、構成要件該当性の判断(これは、全部裁判官がすべきものである。)を若干なりとも必要とすることになるから採用できない。同項は、違法性の認識は、犯意の内包ではなく、これとは全く別個の要素であることを明白にした規定である。同項本文及び但書の規定を総合して考えると、違法性の認識(正確にいえば、違法性の認識可能性)は、責任の要素であることを明らかにしたものと解される。その規定の表現は、不充分であるが、同項は、当該所為が法的に許されないことを知る可能性があつても、それが困難であるために違法性の認識を欠くときは、責任を減軽することを規定するにとどまらず、違法性の認識の可能性すらないために、当該所為が法的に許されないことを認識しなかつた場合は、全く責任がないことまで含めて規定したものと解すべきである。そこで問題は、違法性の認識可能性の判定基準であるが、これは、前記西ドイツ連邦最高裁判所刑事連合部決定に判示するような、行為者が個個の事情と個人の生活環境及び職業関係によつて定められる良心を緊張させたにもかかわらず、行為の違法であることを知り得なかつたかどうかという主観的な立場に求めるべきではなく、客観的にみてもその認識可能性があつたかどうかによらなければならない。かかる観点から前記各被告人の禁止の錯誤の存否を考えると、右各被告人等の当公廷における供述のみによると、同人等が、その主張にかかる各犯行当時、前記税関のスタンプの押捺された貨物について、これを関税を納入しないで本邦に引き取り、又は運搬等しても違法ではないと信じていたことは認められるけれども、各被告人は、いずれも本件犯行当時文化程度の高い鹿児島市内に居住しており、その智能、職業及び生活歴等に照らし、かつ、客観的考察を加えても、同被告人等が右各所為の違法かどうかを認識するために前記鹿児島税関支署の責任ある係官なり、法律家に質して、正しい理解をうることは容易にできた事情にあつたものと認めるべく、いささかも違法性の認識不可能性及びその可能性の困難の存在を認めることはできない。結局右各被告人の禁止の錯誤の主張は、採用するに値しないのである。

なお、被告人吉田英昭は、昭和三四年二月二〇日鹿児島簡易裁判所で道路交通取締法違反により罰金一、〇〇〇円に処せられたもので、この事実は、同被告人の当公廷における供述及び検察事務官作成の前科調書の記載により明らかである。

(法律の適用)

法律に照らすと、被告人肥後政秀の判示第一、第九の各所為、被告人吉田英昭の判示第二、第五、第七の各所為、被告人日高直義の判示第三の所為、被告人亀浜盛雄の判示第六の各所為、被告人高橋忠光の判示第八(二)の所為は、いずれも関税法第一一二条第一項、第一一〇条第一項第一号に、被告人木佐貫信夫の判示第四の各所為は、各同法第一一〇条第一項第一号に、被告人高橋忠光の判示第八(一)の所為は、同法第一一二条第三項、第一一一条第一項に該当(いずれも罰金等臨時措置法第二条をも適用)するところ、被告人吉田英昭の判示第二の罪と前示確定裁判にかかる罪とは刑法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により、いまだ裁判を経ていない判示第二の罪につき処断すべく、所定刑中懲役及び罰金の併科刑を選択し、その刑期金額範囲内で、被告人吉田英昭を右判示第二の罪につき懲役二月及び罰金三〇、〇〇〇円に処し、被告人日高直義については、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で同被告人を懲役三月に処し、被告人肥後政秀、同吉田英昭(判示第五、第七の各罪に関する。)、同木佐貫信夫、同亀浜盛雄、同高橋忠光については、いずれも所定刑中懲役及び罰金の併科刑を選択すべく、同被告人等の判示各罪(被告人吉田英昭については判示第二の罪を除く。)は、各刑法第四五条前段の併合罪であるから、各懲役刑については、各同法第四七条、第一〇条により、被告人肥後政秀については犯情の最も重い判示第一(三)の罪の刑に、被告人吉田英昭については犯情の重い判示第七の罪の刑に、被告人木佐貫信夫については犯情の最も重い判示第四(四)の罪の刑に、被告人亀浜盛雄については犯情の重い判示第六(一)の罪の刑に、被告人高橋忠光については重い判示第八(二)の罪の刑に各併合罪の加重をした各刑期の、各罰金刑については、各同法第四八条第二項により各罪につき定められた罰金額を合算した金額の各範囲内で、右被告人五名をそれぞれ主文第一項、第二項後段、第四項ないし第六項の刑に処し、各被告人に対し、情状懲役刑の執行を猶予するのを相当と認め、各同法第二五条第一項を適用して、主文第七項ないし第一二項のとおり定め、被告人日高直義を除くその余の各被告人については、犯罪的傾向の濃厚なことにかんがみその各執行猶予期間中同被告人等を各保護観察に付する必要があると認め、各同法第二五条ノ二第一項前段を適用して、主文第一三項のとおり定め、同被告人五名において右各罰金を完納することができないときは、各同法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人等を労役場に留置し、押収物の没収については各関税法第一一八条第一項本文により、主文第一五項ないし第一七項のとおり定め、被告人木佐貫信夫の判示第四(四)の罪にかかる貨物中二オンス瓶入り米国製ネスコーヒー六八本は、犯人である同被告人から没収することができないから、同法条第三項により主文第一八項のとおり追徴し、被告人吉田英昭の判示第五(一)ないし(三)及び第七の各罪にかかる貨物は、犯人である同被告人から没収することができないから、同法第一一八条第三項により主文第一九項のとおり追徴し、各訴訟費用の点は、各刑事訴訟法第一八一条第一項本文を各適用して、主文第二〇項のとおり定める。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 櫛渕理)

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